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2006.08.02

モダンってなんだろ?

モダンってなんだろ?

久々の家ネタ(笑)。先週末、佐久で旧家がのこる地区に、色々と家や庭の様子を勉強がてら出かけた。そのなかで、特に気に入ったのがこのお宅の門構え。

少なく見積もっても恐らく50年以上は確実に経たモノなのに色もシルエットもモダンなのだ。近付くと時の重みがずっしりと染みだして、壁はひび割れ、板は歪んでいるのに。

世の中にシンプルモダンと言う言葉が氾濫してるけれど、その多くは10年先でもモダン足り得ない単に幾何学的な造形を打ち出し、モノトーンにしただけのものばかりに見える。
この門構えのように自分の建てる家が、50年後の人間にモダンと感じてもらうのは、恐らく難しいだろう。せめて、50年後には自分は土に帰っているに違いないが、その時になお残してもらえている家を建てられればと思う。

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コメント

くまさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。実は、先週末再びこの志賀地域を訪れて、地元の方にいろいろとお話を伺ったところでした。赤壁の神津家以外にも黒壁の神津家などの豪農な方々のお屋敷だったとのこと。神津家は米と生糸、朝鮮人参などで財をなした。神津牧場も神津家がつくったものなんですね。

なかでも神津藤平氏は長野電鉄の創業者で、志賀高原の開発の祖であったんですね。だから、この佐久の志賀の地名をとって志賀高原になったとか。驚いたのは、神津藤平氏が元総理大臣羽田孜氏の祖父だったということです。

郷土史は、掘り下げるといろんな逸話を知ることができて楽しいです。ちなみに赤壁は350年もたっているとのことでした。すごいっすね。

投稿: ta_tsu | 2006.08.14 12:55

はじめまして
軽井沢移住計画中のくま@東京です

写真は、佐久市志賀の赤壁(神津家)ですね。
江戸時代から続いている旧家です。
維持される方の苦労は大変だと思いますが、
長く残してほしいとおもいます。

投稿: くま | 2006.08.13 16:23

GIGIさん、プロの率直なご意見ありがとうございます。モダンって難しいですよね。僕らも仕事で安直に、ここもっとモダンなシルエットとトーンにできないかなとか言ってますけれど、実際厳密に定義できてるわけじゃないんですよね。

ただ『目新しい≠モダン』ではないというのは共通意識になっていると思います。私は柳宋理が好きなんですけど、あのデザインは紛れも無くモダン。古くも無く新しくも無く。インテリアにしろキッチン用品にしろ今なお普通に使えますよね。普遍性というよりも、連続性なのかもしれないです。1950年から今に至るまで連続的に生きているデザイン。

>周りの景に対してもシンプル(素)であるべき

まったく持って同感です。面とか形がシンプルなのではなく、存在がシンプルなんですよね。森の中の切り株と同じような存在。

我が家を建てるときのベースコンセプトは、『住みたい家をたてる』のではなく『住みたい場所を得る』ということ。自分の好きな家や庭を作り出すのではなく、その風土に見つけ出す。だから貸家でこの地に住み始めて、リアルなこの場所の風土を理解したかったんですよね。その上で、この場所にあった実用的で連続的に暮らしていける場所を手に入れる。

自ら七面倒なコンセプトを立てちゃったおかげで、土地探しにも設計も時間かかってしまったわけですけどね(笑)

投稿: ta_tsu | 2006.08.04 11:54

ta_tsuさん、こんにちは。

>モダンってなんだろ?

いつも自問自答してます、この言葉には。とても難しいですね。西洋ではモダン以前の歴史があり、それに対比されて確立されている言葉ですから、文献などよんでいて理解できるのですが、日本においてはモダンという西洋の哲学をそのまま言葉としてもってきているので、いろんな意味で解釈の違いが出てくるのでしょう。また宗教的な問題も陰に潜んでいるような気がします。
ただ私は、現在この言葉を考えるにあたって、先進、新しい、古臭いの反対、今っぽいなどの言葉とは違うと考えています。ある種“普遍性”をもったもので、スタイルとかと違う次元のものではと…。
だからいま横行しているシンプルモダンという言葉は、メディア先行型の言葉のような気がします。

家が家として50年先までその場に存在し得える為には、雑誌の切抜きをそのまま持ってきてもしょうがないのです。家が立つ場所の雰囲気や空気、自然と手を組み、確かな素材を使用して、しかるべき技を使う。

シンプルモダンな家とは、内的(インテリア)にシンプルなだけでなく、外に対しても、周りの景に対してもシンプル(素)であるべきでは。あとはそのシンプルである姿が重要ですけど…。


と、長々と私的ツブヤキを書きこんでしまいました。すみません。

投稿: GIGI | 2006.08.04 11:31

ふたやまさん、いらっしゃいませ。
トラバ&コメントありがとうございます。地元産の木材を使うのって非常に奥深い問題があったりします。とくに補助金交付制度が絡むと、指定された製材所で処理された材木しか使えない為に、価格が割高になるんですよね。指定製材所同志の価格もほぼ横一列だから、値引きも無い。

うちも最初は長野県の県産材を使いたかったのですが、コストを考えて見送る方向になってます。でも、国内産だけですよ。2×4みたいな合板は使いません。

投稿: ta_tsu | 2006.08.04 00:58

はじめまして。
秋に軽井沢移住予定の「ふたやま」です。

住まいに関しては、私も「ひとことあり!」です。
ちょっと前になりますが、「東京の木で家を造る会」という団体にお世話になった時の日記とトラバさせてください*

投稿: ふたやま | 2006.08.03 23:03

>車と同じだね 
ほんとそうおもいます。ジーロのようなヒストリックカーラリーにかかわって思うのは、50年ぐらい前の車の完成度の高さ。ある意味50年前からクルマの基本的な構造は何も進歩してないんですよね。マテリアルや周辺技術が変わったぐらい。

ちなみん、この門構え自体は100年以上たってると思うって話でしたが、大々的に修復したのが50年前とのことだったので50年と書いておきました。

投稿: ta_tsu | 2006.08.03 11:47

車と同じだね 今の建材とか使っちゃうとねぇ~
50~100年なんて夢 偉大なる先人の在来工法も
材料とユーザーエンドの求めるモノとのバランスで
いったい幾らあればバランス取れるのか・・・ってことで・・・(苦笑)
まぁ 消費文明からの脱却を図らないとね・・・・

投稿: た | 2006.08.03 10:28

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