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2007.09.14

あらためて台風を振り返る

1週間たって、自分自身の備忘録のためにも時系列に沿って先週の台風をふりかえってみた。

9月5日 
15:00>
自宅からメールが入る。軽井沢に移住して大変お世話になっている拙宅の大家さんのお母様がなくなったとのこと。とりあえず、かみさんには香典袋を買ってきてもらうと同時に、お通夜の時刻とかを確認してもらい帰宅後すぐに行く準備をすすめてもらう。

20:10>
軽井沢駅帰着。そのまま大家さん宅に向かいすでに読経が始まってるお通夜に出席。夕方から降り始めた雨がひどくなってきて台風が接近してるので、明日の告別式はたいへんだな~と葬儀委員長の区長さんが漏らす。

21:00>
帰宅。かみさんが熱っぽい、のどが痛いと言う。どうも先週ひいていた私の風邪が発症したらしい。とりあえずパブロン飲んで早くねるように促す。

24:00>
雨と風がかなりひどくなってきて、激しく家が揺れる。とりあえず家の外回りを見て回り飛びやすいものなどを片付けて就寝。

9月6日
7:00>
非常放送のサイレンで目が覚める。中軽井沢の湯川で水害が発生したため消防団の召集がかかった。雨は激しく降っており、雨煙で外が見えない。このときは風はまださほどひどくなかった。非常放送からは、立て続けにしなの鉄道運休、軽井沢町に土砂災害警報発令とアナウンス。

さらに交通情報として信越道が佐久IC~藤岡ICの区間上下線とも通行止め、国道18号線軽井沢バイパス、国道18号線旧道、県道松井田軽井沢線も全面通行止めとかなり切迫した内容が伝えられる。

8:00>
かみさんの熱を測ったら38度。なのに今日はこのひどい雨の中、父を病院に連れて行かなければならないが、この熱でクルマを運転させるわけにはい かない。この状況で東京に出ると夜帰宅できなくなったら、熱で寝込むかみさんと、老人だけになってしまうのは危険と判断して、自宅で仕事をすることにし会 社にメールで連絡。

8:30>
新居の現場の様子を見に行く。すでに棟梁が来ていたが、工事用仮設電灯線の電柱が隣地の樅ノ木が倒れて道連れになっており、電気工事店に連絡した とのこと。倒れた樅ノ木は根が浮いてたいれていた。さらに自宅敷地内の白樺が傾いてることに気がつき根元を見たら裂け目が入ってることを確認。これが倒れ ると隣家に被害が及ぶ可能性があり、急ぎ現場監督に連絡し伐採の手配をしてもらう。

10:00>
かみさんと父を連れて軽井沢病院へ。風が大部強くなってきて、傘がまったく意味がない状況に。病院のエントランスでかみさんと父をおろすが、吹き 上がる雨風でけっこうぬれてる。駐車場にクルマを止めて、エントランスまでの100m程度を移動しただけで膝から下がずぶぬれになった。

11:30>
病院から帰宅。拙宅の裏の扉の鍵が壊れてばたばたしているので、急ぎ応急処置をする。仕事のメールに目を通して必要なレスを返したり電話で相談。

12;00>
軽井沢町の一部と追分、御代田あたりで停電しているという放送が入る。けっこう範囲が広い。昼食を食べながら、ニュースを見てると、群馬がかなりひどい状況になっているのと、台風の進路と雨雲がヤバイ感じになってるのがわかる。漠然とだけれど厳しい予感を覚える。

14:00>
ケーブルテレビの画像が来なくなる。過去にも落雷などで、経路上の中継器のどこかが停電するだけで見えなくなるから、この時点であまり逼迫感はなかった。

16:00>
ケーブルテレビ復旧する。

17:00>
ケーブルテレビ再び停止。問い合わせの電話をすると、町内にかなり停電の地域がひろがっており、当分復旧の見込みが立たないと言う。あわてて、国道にでてみると水銀灯が点灯してないことに気がつく。

とりあえず、情報を入手するためにもFM軽井沢を聞くことに。刻々と町内の様子が放送で流れるが、この時点で町の大半が停電しつつあることを知った。うちのすぐ近所も停電しており、いつここも駄目になるか心配になってきた。

18:00>
とりあえず買出しに出る。賞味期限のながい菓子パンやパスタ、そうめんなどの乾麺を調達。

19:00>
FM軽井沢が放送されてないことに気づく。停電状態がかなり深刻になってきた。窓から見える範囲で、電気がついてるのはうちの地区のみになってい る。うーん、時間の問題だ。テレビもないしFM放送もなくなったので、クルマ用にかったものの使ってないポータブルのワンセグチューナーを出してきて見れ るようにする。テレビ信州がかなり詳細な情報をながしていて、風雨の状況がこれからますます悪くなるのがわかる。

いつ停電してもおかしくない状況なので、懐中電灯やろうそく、オイルランタンなどの準備をすすめる。風がかなり激しくなってきて、周りの木が見たことないような角度で振れている。

23:00>
ついに拙宅も停電。ちょうどいいからそのまま就寝。窓をうつ雨の音と家をゆらすほどの風でなかなか寝付けず。 



9月7日
7:00>
起床。電気は復旧してない。携帯もアンテナは立っているがセッションがはれず、話中になっている。PHSはまだ 生きていてとりあえず、ネットにつなぎ軽井沢町のWEBサイトにつなぎ状況を見る。ほぼ町内全域で停電。道路もほとんど通行止め、新幹線もストップしてい るとわかる。FMはかろうじて運用再開していたが、DJがスタジオが停電しており、いつ停止するかわかりません、って話していた。

8:00>
とりあえず、このまま今晩も復旧しないときのために買い出しにでることに。車にのって近所のコンビニへむかう。コンビニも停電し ていたが、とりあえず営業はしていて手計算でレジ処理をしていた。そこで、水を買い込んでる人がいて、その人から町の高台で断水していることを聞く。どう やら電動の給水ポンプが動いてないらしい。町営水道はまだしも、別荘地などの私設水道がほとんどNGらしい。その人は別荘管理会社の人で、とりあえず今か ら管理している区域で滞在している方に飲料水を配達にいくとのことだった。

車のナビのテレビで情報を確認。どうやら新幹線はまもなく動き出すらしい。でも、風邪を引いて調子の悪い妻と年寄りをこの場に残していけないので、 会社に状況を連絡し休みをとる。コンビニで買い物したあと新居の建築現場へ向かう。昨日の夕方は2本の木が倒れていたけれど、さらに2本、シラカバとモミ が追加で倒れている。どちらも自分の土地のなかの空居ている部分に倒れたのが不幸中の幸いだった。ほかに倒れ掛かってる木がないか見るが大丈夫だった。ま た昨日倒れたモミの木の道連れになった仮設電柱が、すでに復旧していたがこの時点で電気は来てなかった。

9:00>
コンビニで買ったのは、賞味期限の比較的ながいパン屋、カップヌードルの類。幸い拙宅は断水してないしプロパンガスで炊事するの でお湯は沸かせるからだ。しかし、給湯設備は石油ボイラー+ソーラー(触媒式)のため停電で動かないので風呂はだめ。とりあえず朝食をたべてから車のエン ジンをかけてニュースを見る。テレビ信州がローカル局の強みで地元のニュースが多く、参考になった。停電の復旧状況は最悪とわかり、しばらく復旧しないと 判断。佐久方面に買い出しに出ることに。発電式ラジオとかローソク、乾電池、LEDペンダントライトなどの非常日用品のほかに、家族3人の2日分の食事。

携帯とPCの充電をすべく、車に持ち込み電源をつなぐ。これで買い出しで走り回ってるうちに充電できて一石二鳥というわけだ。

10:00>
車のガソリンも残り1/4を切ってるので、まずは給油。18号を佐久方面にくだりはじめて借宿でバイパスと合流してびっくり。トラックが数珠繋ぎになっている。碓氷バイパスが通行止めになっているため、それが解除されるまで待つ車らしい。

驚いたのは、その中にはFM軽井沢で中部電力の話として、復旧作業のために県内全域から応援が駆けつけてると言われてた電力会社の高所作業車やク レーンが混じってること。おいおい、彼らは緊急車両でありバイパス開通待ちのトラックとは違う。停電で信号が消えてるため各交差点には警察官が立って手信 号で交通整理をしていたので、その警官を捕まえて、これらの車両をパトカーとかで先導し、一刻も早く問題地域にだせないのかと話をする。

とりあえず無線で本署とやり取りしていたが、中部電力からの要請がないとだめだそうです・・・だと!!おいおい、お前らが判断して先導するんじゃな いのか?中部電力の誰がどこに電話すればいいかなんて、現場でわかるか!!と頭にきた。実際この時点で、軽井沢病院は停電しており、救急処置とかが十分に できない状況であると放送されていたし、医師や看護士が渋滞で病院にたどり着けずにいるとの話も流れていた。

ライフラインの復旧が最優先なのは、昨今の地震被災地で明示的にわかっていることだ。

とりあえずダメ元で、中部電力に電話をするとつながったので、警察官の言ったことをそのまま伝える。非常にお節介で、下手すると頭のおかしい(笑) オヤジに思われそうだったけれど、電話口の担当社員の応対は悪くなく、早速こちらから県警に緊急車両要請をだしますと言ってくれた。(後日友人から聞いた けれど、その後パトカーで先導されていく車両をみたとのこと)

国道は下り側も混んでたので、通行止め情報がなかった追分~岩村田の県道へ。しかし、ここも凄いことになっていた。細い道のいたるところで木が倒れ 道路を挟んだ反対側の木によりかかり道にアーチができてる。私の2台ほど前に、地元の消防団の赤軽自動車がはしっていて、倒れた木の枝が道をふさいでると 車をとめ枝をチェンソーで落としていく。

3箇所ぐらいのアーチをくぐったら草越地区に抜け、そこから先は倒木に邪魔されることなく御代田へ。しかしこのあたりも停電しておりコンビニやスー パーは真っ暗のままだ。そのまますすんでインターウエイブまで行くと、普通に営業していたので、とりあえず必要な雑貨品を買い込み、食料品とガソリンを入 れるべくベイシアに向かった。

11:00>
ベイシアは、いたって普通で軽井沢や御代田のような災害の気配がまったくなく、日常的なお客さんでにぎわっている。このギャッ プ体験は初めてだったから、なんとも奇妙な気分だった。柏崎とかの地震の時も、被災地とそうでない周辺との温度差ってもっと開いていたんだろうな。ベイシ アのJOMOでガソリンを満タンにして帰路に。

12:00>
買い出しから帰宅。とりあえず、ランチを食べながらかみさんに周囲の状況やらを話す。と、つけっぱなしにしてるラジオからFM軽井沢が聞こえてないことに気づく。かみさんによれば、10時ぐらいから聞こえなくなったらしい

車で充電していたノートパソコンを下ろしPHSをつなぐが圏外になってて接続できず。基地局が落ちたらしい。多分無停電電源が尽きたのだろう。携帯のパケットがつながるか試してみるが、非常に重いもののとりあえずWEBメールの送受信はできた。

14:00>
拙宅の周囲を車で見て回る。南原の別荘地内は、倒木だらけでそこら中で電線が垂れ下がったり切れていた。なかでも、この春に立ったばかりのスカシタ別荘の 芝生の庭先の木が全部倒れてるのをみてムカついた。高い木が生えてるのに芝なんて植えやがって。芝を植えるときに造成していたのを知っているが、明らかに 木の根元を掘っていた。当然地面が弱くなってるから、この家の前の木だけ倒れてるわけだ。これは明らかに過失だよ。

16:00>
PHSが復旧。ネットに接続できるようになった。電気やFM軽井沢はまだだめ。mixiや他の人のBLOGを見て、中軽井沢界隈の停電がすでに復旧してることを知る。いいなー。

17:30>
キレイな夕焼けがみえてるから、写真をとりに外に出る。歩いてると庭の椿がなぎ倒されてるお宅とか、畑のとうもろこしが全部倒れてたりとか車とは違った目線で見れる。とうもろこしはもったいなぁ。今年は猿があまり来なかったから、豊作だったのに。食べられるものなら食べたいけど・・・。

18:00>
とりあえず、夕方のニュースで情報を知りたいとおもい、車のエンジンをかけてニュースを見る。被害の普及は進んでいて町内の半分ぐらいが停電から復旧してるらしい。そういえば、自宅の2階からみえる国道の水銀灯も点灯していた。

19:00>
ろうそくとLEDペンダントライトの明かりで夕食。なんだかミサかクリスマスみたいだ(笑)。買い出しで買ってきた手動発電ラジオのハンドルを120回回してラジオを聴くとFM軽井沢が復活していた。

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